DATE 2008. 5. 6 NO .



1 痛み



「お、おい! 人が倒れてるぞ!!」

「何だって!?」

 静かな街道が騒ぎに包まれる。

「…うぅッ……」

 人々の声にバラライはうっすらと目を開けた。ぼんやりと見えたものは短草が茂る地面だったが、ただ冷たさが伝わってくるだけで、その固さは感じられない。

 状況をつかもうとして、バラライは上体を起こしかけた。だが途端に背中から全身へと鋭い痛みに貫かれて、彼は低く呻いた。

(くそッ……、体が…言うことを聞か…な…い……)

 痛みが何とか意識をつなぎとめてくれているようだったが、それももう限界に近かった。再び視界がかすみはじめる。

「おい、しっかりしろ!」

 呼びかける男の声が、妙に遠い。

「まだ生きてる、とりあえずあの建物に運び込もう!」

「こっちの奴はどうする? …まだ若いが、アルベド族だ」

「放っておこう。この傷、機械の傷だ。背後からこいつが撃って暴発したんだよ、きっと。そんな奴助けてどうする?」

 ふいに誰かに持ち上げられる。はずみでまた痛みが背中を走った。

「くうッ……」

 引き戻された意識は、またすぐに消えてしまいそうだ。

「それにしちゃ倒れてる位置がおかしくないか?」

「さぁ…?」

 もう一度ゆっくりと目を開けたバラライは、視界に入ったそのアルベド族を見てびっくりした。

(ギップル…!!)

 でも声にはならない。
 ギップルの瞳は閉じたままで、意識がないようだった。仰向けに倒れた彼の衣服ににじむ血を見て、バラライはやっと体の痛みの理由を思い出した。

(そうだ……、僕たちは…ヌージに…撃たれ…て――)

 そこでぷつんと意識は途切れてしまった。






 気がつくと、柔らかいベッドの上に寝かされていた。部屋の中には、誰もいなかった。ただチョコボの鳴き声が響いてくるだけだ。

(これだけチョコボがいるってことは……、ミヘン街道の旅行公司か?)

 今度は慎重に体を起こしたものの、やはり酷い痛みは消えていなかった。
 枕元の小さな机に目をやると、上衣がきれいにたたんであった。手を伸ばそうとして、また訪れた痛みに呻き声を漏らしたそのときだった。

「あまり無理しない方がいい」

 ドアが突然開いたかと思うと、初老の男性が入ってきた。少し遅れて、女性が何やらいろいろと持って入ってくる。男性は椅子に腰掛けた。

「あなた方は……?」

 どちらも茶色がかった黒い瞳をしている。

「私たちはここの旅行公司を預かっている者だ」

 男性の方が静かな口調で答えた。旅行公司の人間なら――

「旅行公司のオーナーはアルベド族ですよね?」

 バラライがふと感じた疑問を口にした途端、男性の表情がくもった。女性も作業の手をとめてこっちを見ている。

「君もやはりベベルの人間なのか?」

「えっ……?」

 突然の言葉に戸惑っていると、男性は話題をそらした。

「ぶしつけな質問だが、君は何歳なんだい?」

「18……ですが?」

「そうか、18か……」

 天井を仰いで黙り込んだ男性だったが、やがてため息をつくと、ゆっくりと話し始めた。

「君はとても息子に似ている。ミヘン=セッションの時に死んだ息子にね……」

「そう、ですか…」

「せっかくアルベドと協力して『シン』に立ち向かったのに、結果はあの通りだ。アルベドの事を悪く言う者もいる。機械に頼ったからだと言う者もいる。…でも、ミヘン=セッションをそういうふうにとらえたら、死んだ者はどうすればいいのだろう? 彼らはただスピラの未来を信じて戦った。――その想いにアルベドとかエボンなんて関係ないだろう?」

 ふいに室内が静まりかえった。

「さきほどは心ないことを言ってすみません」

 バラライの声が沈黙を破る。

「僕は確かにベベルの人間です。でも寺院に裏切られました……そして友と信じていた人にも。信じた代償は大きかったですが、あなたには今のお言葉を信じてほしいです。…僕にもアルベド族の友人が――っ!!」

 その瞬間バラライは一番大事なことを思い出して蒼白になった。

「すみません、もう一人僕の傍に倒れていませんでしたか! 無事ですよね……うッ…」

 また訪れた痛みにバラライが顔をしかめる。

「ほら、無理しないの」

 さっきからずっと何やら整理をしていた女性が、包帯を持って近づいてきた。

「替えるの痛いけど我慢してね」

 苦い顔で包帯を替えてもらっているバラライを見て微笑みながら男性が続けた。

「君の友達は心配ない。君を運んできた人たちは彼が撃ってそのあと暴発でもしたと思っていたようだが、暴発なら彼が生きているはずはない。エボンを妄信する旅人だったようだ。私が君を引き受けると、中まで入ってきて、意識のない君を拝み続けていたよ。容体が安定したら、お金を置いて出て行った。君が自由に使えばいい」

 そう言うと男性は、革袋を上衣のそばに置いた。

「無関心とは怖いものだ。その旅人は、エボンの僧官さまと信じる若者を助けたのがアルベド族の店とは知らないのだからね」

 彼はバラライの包帯替えが終わったのを見てとると立ち上がる。

「彼は君より先に回復した。君はまだ意識が戻っていなかったが、『これ以上迷惑はかけられない』と言って出発したよ。弾が体に残っていなかったから、白魔法で全快したんだ。きっと元気にやっている。それより、もう一人友達がいるんじゃないのかい?」

「どうしてそれを!?」

 バラライの脳裏には、あの瞬間の少し前に別れたパインの姿が蘇っていた。そして意識を失う前に聞いた、三発目の銃声の轟きも――

「かなりうなされていたからね。…うわごとも多かった」

「僕はどれくらいここにいるんですか?」

「二週間になるかな…?」
「それくらいね」

 それだけ音沙汰がないのはかなり気になることだった。それに、もうギップルが何処に行ったのかもわからない。

「さぁもう寝るといい」

 男性はバラライを寝かせてやりながら微笑んだ。

「一応弾はとりのぞいたがまだ傷が完全にふさがったわけじゃない」

 それだけ言って、二人は静かに部屋から出て行った。

 明かりが消え、部屋の中は闇に包まれる。
 バラライは、もう一度ゆっくり上体を起こすと、たたんで置いてある上衣に手を伸ばした。そのままつかむと彼は静かにそれを羽織る。演習中の傷などでボロボロだった上衣も、今はそんな過去をにじませることなく、綺麗になっている。きっと繕ってくれたのだろう。


『君もやはりベベルの人間なのか?』


 彼にとって為すべきことはただひとつ。そしてそのために必要なことも、そうすることで自分が踏み込む世界の闇も、彼にはしっかりわかっていた。

 簡単な荷物をつくると、慎重に窓を開けた。そしてそのまま外に出る。着地の振動で少し痛みが走ったが、彼の体は大分それに耐えることに慣れていた。

(これくらい耐えられる……)

 彼は右手の棍をぎゅっと握り締めた。

(あの時の痛みに比べれば、これくらい――)

 振り返って旅行公司をしばらく見つめていた彼だったが、やがて向き直るとゆっくりと、しかし確かな足取りで歩き始めた。






「やはり、行ってしまったか…」

「本当にあの子にそっくり…」

 様子を見に部屋に戻ってきた二人は、上衣を置いておいた机に手紙があるのに気づいた。包帯の切れ端に、弱々しく走り書きされたそれには、ただ一言、短くつづってあった。


――必ず帰ってきます――


 月明かりだけが、彼の道を照らしていた。





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