DATE 2009. 1.11 NO .



 二人で久しぶりに見上げたそれは――陽光をうけて、眩しいほどに輝いていた。












 俺の戴冠式の日にリディアと植えた、一本の桜の木。
 リディアにだけ前日を教えて、何とか当日の早朝に連れ出した。
 エブラーナの民が苦難の日々を凌いだ洞窟の見える場所。城も、あの塔も――これは嫌でも見えるか。

 あれから何年も経って、この木はどんどん太陽に向かって手をのばし続けて。

 俺がエブラーナの王として生きる日々を、数え続けてきた。


『俺には! …俺には、エブラーナがある! 皆が、いてくれる!!』


『だから……だから、どうか…っ!!』


 親父とお袋が残してくれたこの国と民と共に生きる、日々を。

 積み重ねた時間と過ぎ去った時間を示す花に、どこか、妙な安心感を覚えながら。
 あぁ、俺は何とかやっていけそうだ、と。


『イフリート……リディアは!?』


 思ったのは、間違いで。


『王が夢を見れぬ国では、民も幸せになれませぬ』


 踏み出して、手をのばした。


『ここにはそなたの求めるものがあろう。だが、恐れるものもまた、あるやもしれぬ』


『それでも……それでもまだ識りたいと言うか、人の子の王よ』


 後悔など、するはずがない。
 今はこの桜が刻んできた日々を、まっすぐ受けとめるだけだ。
 そしてこれからも、この木はここで、変わらず花を咲き誇らせるのだろう。

 今となってはほとんど人通りのないこの場所で、
 それでも太陽の光を浴びて、輝きを失わぬまま。












「随分大きくなったもんだな、この木も」

 ようやく花がほころび始めた。陽が射し新しい季節がやってくるまで、あと、もう少し。
 まだ細いとは思う。けれど、確かに成長し続けている。

 そんな当たり前の事を、何とはなしに考えた。

「それはそうよ。だって、セオドアがもうあんなに大きくなってるんだから」

 隣に立って同じようにその木を見上げていたリディアが、そう呟く。

 おいおい、それはアバウトすぎる計算じゃないか。
 子供にとっては、数年の差ってのは大きいもんだろ。

「……木と比べるのは、いくらなんでもバロンの王子様が可哀想だ」

 結局、そんな細かい事はやはりどうでもよくて。
 俺が口にしたのはそんな答えだった。

「エッジが『王子様』って言うと、何かおかしい」

「どういう意味だそれは……」

 くすくす笑うリディアの声を聞きながら、俺は腰をおろした。
 身を預けるには――少し心許ない、か。

「もたれちゃえばいいのに」

 リディアも座り込んで――幹に体を寄せた。

「こうしてると、何だか落ち着くよ?」

 耳を近づけるとね、音がするの。お母さんに教えてもらったんだっけ……

 楽しそうに言うリディアを見やり、それからまた、桜を見上げる。

「まだ満開じゃないのが残念……あれから狂い咲きの桜を一度も見た事がないなぁ」

「……そんな頻繁に狂われても困るだろ」

 俺がそう返すとリディアは見上げるのをやめ、幹に片手をあてた。

「この木は確か――山桜だったよね」

「ん? ……あぁ、そうだな」

 苗木を植えたあの日、これの品種まで教えてはいなかったはずだ。

「よくわかったな」

「エブラーナの事を一から勉強したんだよ? 見分け方だって覚えたんだから」

 草花ならともかく、樹木の見分け方か。

「エブラーナ独特のものなら、花言葉だってばっちり」

 ほんとに、一生懸命だったんだろうな。
 ……ありがとう。

「そんな事覚えてどうするんだよ、王・妃・様!」

「もう、何よ! …素敵な言葉なのに、エッジには教えてあげない!!」

 はいはいと宥めながら、若草色の衣を纏う細い肩に手を掛けて、一気に抱き寄せた。
 短く驚きの声をあげるリディアにはお構いなしに、変わらず豊かな髪に手を通す。

「お前の髪は、樹の皮やら虫に大人気だな」

「えっ、ほんとに!?」

「――嘘だ」

 今全部払っといてやったさ。

「…〜〜っ、エッジ!!」

「ほらほら、早く帰るぞ。……でないと俺がじいにどやされる」

「その方がいいんじゃない!」

「……それはひどいな」

 どちらからだったか、笑いがもれる。












 あいにくまだ満開ではない桜の木の下、
 俺は、ただただ、幸せだ。

 幸せにしたいと願ったふたつが、
 どちらも傍で、笑ってくれているのだから。





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