DATE 2008. 9. 1 NO .



「――はい、差し入れ」

「……」

 ディムロスは出された“差し入れ”を、思わずまじまじと眺めてしまう。

「お、すまないな」

 一緒に仕事をしていたカーレルは、何のためらいもなくそれに手をのばした。

「ハロルドが差し入れだなんて、珍しいな。てっきり新しい薬のデータでも取りに来たのかと思ったよ」

(差し入れ、と言っただけで信じるのか…!?)

 それとも二人して自分をからかっているのか。カーレルの方は真面目な性格だが、それでもこの二人は兄妹だ。
 しかも、双子の。

 ハロルドの普段を思うに、これはいつものように実験台を探していると考える方が自然だ。あまり考えたくない事だが、それにカーレルが便乗する可能性も、0ではない。

 そんなディムロスの逡巡などお構いなしに、カーレルはトレイに載せられた二つの内の一つを取った。

「ありがとう、ハロルド」

 そのまま、飲む。

「…ちょっと苦いんじゃないか、このコーヒー」

「ぼんやりした兄貴には、それくらいでちょうどいいのよ」

「まぁ、目は覚めるな」

 トレイに残ったもう一つも、同じ色の液体だ。カーレルが言った通り、「コーヒー」の香りがする。

「ディムロスも。…ほら」

 ここで断ろうものなら、後で本当に何かの実験台にされるかもしれない。

 それに……正真正銘の“差し入れ”という可能性もまた、0ではないのだ。

「――頂こう」

 フラスコでつくったものかもしれないが、コーヒーだ、これは間違いなくコーヒー――

「……っ!」

 ディムロスはあまりの味に驚き、勢いよく「それ」を口から離した。その速さでもなお中身をこぼさなかった事に、さすがだなぁ、とのんきな感想でもってカーレルが自分を見ていた事など、まるで気づいてはいない。

「どしたの、ディムロス?」

「どうしたじゃない! コーヒーを一体どうやってつくったら、こうも塩辛くなるというんだ!」

「塩化ナトリウムを入れたら」

 ハロルドは顔色ひとつ変えず、そう答える。

「ははっ、それ以外の方法が発見出来たら一番に教えてくれよ?」

「そうね、気が向いたらやってみようかしら」

 カーレルは……楽しそうだ。ハロルドはディムロスに向き直る。

「ディムロスにもわかるように説明してあげるとさ、これはこのわたしの特製ドリンクってやつなのよ。兄貴には、まぁほんとは寝るべきなんだけどどうせ無理だろうから、思いっきり濃くしたコーヒー。で、ついでにディムロスには塩化ナトリウム入り。どう、わかった?」

「…カーレルがこれを取っていたかもしれんだろう」

「まだわかってないみたいね。兄貴はくそ真面目だから、妹のわたしが出したものにちょっとでも体裁の悪いものがあれば、それを相手よりも先に取るに決まってるじゃない。塩化ナトリウムを入れた根拠は、ディムロスの体温の変動から欠伸の仕方まで36通りあるんだけど、まぁ一番の理由は、カンね。要は、出来もしない無茶をしてるように見えるわけ。あと、検査結果。ここの食糧事情もあんまよくないけど、体動かすのが仕事のくせに必要な栄養を摂取出来てないなんてばっかじゃないの? 慣れない事したってどうせバレバレなんだから、さっさと諦めてアトワイトにでも診てもらいなさいよね」

「な……っ…!」

 ディムロスが何か言おうと口を開くよりも早く、ハロルドは遠慮なくまくしたてる。

「まともなコーヒーではないだろうとか考えて最初の一口はきっと少ししか飲まないでしょう? で、味がわかれば絶対残りに口をつけない。最初の一口でも足りるように、兄貴のコーヒーの苦さよりも思いっきり濃度を上げておいてやったわ、感謝しなさい」

「……」

 やがて何も言えなくなって、ディムロスは黙るしかなくなる。

 アトワイトとは、一旦距離を置く事にしていた。何より戦争中だからだが、それを理由に彼女が話を切り出すきっかけになったのであろう事件は、まだ鮮やかに脳裏に焼きついている。ソーディアンチームの面々にとっては二人の関係は周知の事実だったが、そこまで気づかれているとは、ディムロスには思いもよらぬ事だった。

「――言いたい事はそれだけ。じゃあね」

 ディムロスの反応を待つ事もなく、ハロルドは踵を返し、会議室から出て行ってしまった。

「最近何をそんなに苛々しているのかと思えば……これ、か」

 カーレルは、静かに閉まった扉を見たまま、苦笑がちに呟く。

「君には想像もつかないだろうけどね、あいつはここへ来てから本当に明るくなったんだ。他人とも……まぁ、そこそこうまく付き合えるようになった」

 同じ歳でもやはり兄だからか、何かを思い返しているらしく、カーレルの目はどこか遠い。

「私も、君達をもどかしいと思うな。いつ何が起こるかわからない、こんな戦争のさなかだからこそ、ね」

 自分達が距離を置いたのと同じ理由から、この兄妹は違う答えを見出す。

「――さて、と」

 ふいにカーレルが立ち上がった。

「付き合ってくれて助かったよ。あとは部屋に戻ってやってみる」

「お、おい……?」

「じゃあ、また朝にでも」

 カーレルもまた、ディムロスの反応に構う事なく、書類の束を纏めるとさっさと出て行ってしまった。

 あとには、ディムロス一人になる。

(全く、あの兄妹は……)

 やはりカーレルも便乗していたのではないか。そう思えてしまうのが、あの二人だ。

(敵わんな――)



 ディムロスも立ち上がり、会議室を出た。







≪あとがき≫
 この後ディムロスがどうするかは、まぁご想像のままに。小説版にちらっと出ていた描写を拝借しました。けど、おっかしいなぁ …最初の辺りは、「あれ、これもしかしたらギャグとか書けるんじゃね?」とか思ってたのになーいつの間にかやっぱり暗めになっ ちまったなぁ〜…。
 ディムロスとアトワイトの話と見せかけて、ベルセリオス兄妹が書きたかったから書いた話です。二人の性格は全然違いますが、 妙なところで以心伝心してればいいと思います。





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