DATE 2011. 2.27 NO .
私の世界が、「赤」に塗り潰される。
あの時は、沖田さんがいた。
【鬼】と言われた意味に怯えていた事も忘れ、零れ落ちた赤に思考を奪われた、あの時。
きっと彼は既に気づいていて、それでも「大丈夫だから」と繰り返した。
掠れた声で紡がれるその言葉、平助君を呼びに行かせまいと見据える力強い双眸――沖田さんが前に進む歩みを止める事はなかった。
けれど今はただ、孤独で。
まだ癒え切らない肩から流れ落ちるものはこんなにも温かいのに、腕の中のぬくもりは少しずつどこかへ行ってしまう。
「だれ…か……」
月明かりの下、酷く鮮やかに浮かぶ赤が再び私に迫る。
新選組の皆も、父様も、薫も――沖田さんもいなくなってしまった、今。
独りでは怖くてたまらない。
彼が願ってくれたように光の下の道を歩む事なんて、出来ない。
「……たすけて…っ」
まだ辛うじて残る体温に縋るように沖田さんの身体を抱きしめた。
――その時、だった。
視界に影が落ちる。月が雲間に隠れたのかと思いきや、変わらず晴れた空のまま。
心臓が、大きく跳ねた。
『もしも君が全て諦めて、願いを放り出すつもりなら――』
吸血衝動だ。
顔をしかめながら刀を振るっていた沖田さんの横顔が脳裏をよぎる。
この場に満ちた血のにおいに、今更私は酔っていた。
沖田さんから目を離す事が出来ない、抱きしめる両腕を解く事が出来ない。
口の端から零れる、胸元を濡らす、その色に唇を寄せて――
――沖田さんの血が欲しくてたまらない…!
『――僕が、君を殺してあげるよ』
結局、私には出来ない。
最期まで諦める事なく戦い続けた沖田さんの血を啜って、この欲求を満たす事も。
沖田さんを冷たい大地に横たえて、独りで耐える事も。
光を失くした瞳に手をやって瞼を閉じる、それだけの事すら出来ない私には。
父様も死んでしまった以上、独りで羅刹の毒を薄める方法を見つけない限り、私はいずれ沖田さんの事も忘れて血に狂う化け物になる。
この悲しくて苦しくて許せない結末を受け入れて、なお前に向かって歩み続ける事なんて、出来るはずがない――
仰ぎ見た空から、月は消えて。
「私たち…は……」
闇に沈んだ世界で独り、私は小太刀を抜いた。
「ずっと、一緒に……!」
≪あとがき≫
――答えはそこに、在ったのに。
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