DATE 2008. 8. 8 NO .
「――よぉ、リディア」
ちょっと部屋の外が騒がしいな、と思って顔をあげたら。
「エッジ!? どうしたの、まだ仕事の時間じゃ……」
エッジが片手を挙げて部屋に入ってきたところだった。
「ん、終わらせた。じいも来なかったしな」
そう言ってエッジは笑う。その後ろには、部屋の前にいてくれていた二人の姿も。
「もう、ノックくらいしてよ」
「あ、わりぃ…」
こういう辺りは、出会った頃とあまり変わってないかな。
「それよりさ、少し出掛けないか?」
言葉遣いの端々には、時々出会った頃とは違う雰囲気がにじみ出ているけれど。
「どこに?」
当たり前か。
「城内を適当にぶらぶらして、それから……墓参りにでも行くか」
あれから何年経ったんだっけ?
「御館様!?」
「リディアの次の用なら調整しといたっての。明日の説明だろ? …それくらい俺がやっても問題ない」
「それだけではありませぬ!」
「洞窟ならこの間の戦いの時に一人で抜けたぞ?」
背後に控えていた二人が何も言えなくなったのを見てとると、エッジは私に向かって手を差し伸べる。
「さ、行こうぜ」
その手に引かれて、私は立ち上がった。
「うん」
あの二人には申し訳ないけれど、二人で出掛けるのはやっぱり嬉しい。
「わぁ、御館様っ!」
「リディア様も!」
ひとつ階を降りれば、行き交う人がぐっと増える。
「おめでとうございます!!」
城内の施設を営む人達、それからそういった人達の子供。バロンのように街も無く、城の中に国民を抱えるお国柄か、エッジと人々との距離感はあまりない。
「リディア様、果物いかがですか!」
「あ、ありがとう」
私に対しても、皆とても良くしてくれる。復興を遂げたエブラーナにエッジと二人で初めて来た時からもそれは、全く変わらない。
「ありがとな、皆」
そんな人々に対するエッジは、旅をしていた時とは違う表情をしている。
だから、ふと当たり前の事を実感する事が時々ある。
「そういえば、エッジは王子様だったよね」
「は? 突然何言い出すんだよ」
「何かさ、今のエッジ見てたらそう思ったの」
「俺、今王様なんですけど?」
「うん、そうだね」
「……ま、何でもいいけどな」
初めて会った時は、ダムシアンの王子様と比べると全然そうは見えない、って思ったっけ。
でもエブラーナの洞窟に立ち寄ると、エッジの雰囲気がいつもと少し違って見えて。
「あ、これ礼な」
果物を私にくれた人は、呆然とエッジが手渡した金貨を眺めている。
「心配しなくても税金じゃなくて俺の私財だぞ?」
恐縮しきったその人とエッジを見ていると、何故か、あぁこの人はやっぱりこの国の王族なんだなって思う。
旅の時は、普段の姿よりもいざという時の態度に、他の三人とは違うものを感じた。
でもこうやって平和に暮らしていると、他愛無いやりとりの方にこそ、そう感じる。
「明日を祝ってくれれば、それだけで俺は嬉しいよ」
人に囲まれて、その中で笑っているエッジを傍で見ていられる。
それだけで、嬉しくなる。
「――若ぁーっ!!」
その時、喧噪の向こうから聞き慣れた声と台詞が聞こえてきた。
「じい!」
人垣をかきわけてようやく辿り着いたじいやさんは、ぜいぜいと息を切らせながらも、いつものようにエッジに向かってまくし立てた。
「勝手にお出掛けになられては困りまする!」
「今日の分の執務なら全部終わらせたぞ!」
「これから続きをお持ちしようと思ったのです!」
「何だよ、気ぃでもつかってくれたのかと思って損したよ!」
「今日はこのじいめも忙しい事くらいお察し下さい、若!」
「…っ、いい加減に若はやめろ!」
来て日の浅い私も見慣れたおなじみのやりとり。エブラーナ国民にとってはもはや日常の一つなようで、誰も動揺なんてしない。
「あ、そうだ」
エッジが唐突に声をあげる。それから私の手からもらったばかりの果物を取ると、それをじいやさんの腕をとって両手に載せた。
「それ、明日食べたいから俺とリディアの食事に出すように言っといてくれ」
「は?」「えぇっ!」
じいやさんとさっきの人が驚いて、果物とエッジをそれぞれ見る。
「じゃあな、明日は皆よろしく頼む! ――行くぞ、リディア」
「あ、待って!」
「若っ!!」
「頼りにしてるぞ、じい!」
ようやく追いつくと、次は稽古場でも覗きに行くか、とかそんな事を呟きながら、エッジはすごく楽しそうにしていた。
「…今日だけですぞ!」
人垣を抜けた時、そんな声が耳に届いた。
「御館様!」
「――ん?」
ふと、エッジは後ろを振り返った。
「なぁ、今じいが御館様とか言ったりしてなかったか?」
「さぁ? 皆がそう言ってるから、私にはよく聞き取れなかったけど…」
「……そうだな」
――御館様、かぁ。
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